スピードコンテストに思う。

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    私と模型的な感覚が一致しない考え方のひとつに、「実物至上主義」というのがあります。スケールモデル最高、実物どおり万歳!という考え方ですね。

    実は私も昔はそうでした。プラモデルなんかも、3種類のキットのいいとこ取りをして1個の模型を作り出す「サンコイチ」みたいなこともしていましたし、出来るだけ細密化することに注力していた時代がありました。

    それは悪いことではありません。ただし、それがイコール模型であるかというと、そうではありません。実物を精密に縮小して作った模型は「スケールモデル」であって、それはあくまでも模型の一ジャンルに過ぎません。

    いつの頃からか、細密な模型よりも個性ある模型のほうを好むようになりました。その結果、私はフリーランス志向になり、鉄道模型を筆頭に自由形模型を楽しんでいます。プラモデルの世界では長いこと「自由形模型」というのは本当に粗悪なパチモノ扱いだったのですが、最近になってミキシングビルドというジャンルが出てきて、それなりの市民権を獲得したのはとても良いことだと思います。

    ところが、世間一般はそういう考え方の人がとても少ないようです。ナローゲージの世界にいると気が付きませんが、HOやNの人たちの話を聴くと、かなり実物至上主義的な考え方が蔓延していることに驚かされます。

    先日、IMONがJAMの後ろ盾になることが発表されましたが、井門さんが自身のブログで「牽引力コンテストとスピードコンテストを是非やりたい」というお話をされていて、とても良いことだと思いました。いさみや主催の牽引力コンテストとスピードコンテストは、今から35年くらい前に開催されましたが、とても夢のあるコンテストでした。

    ところが、この発言に関するネットのコメントで、「スケールスピード無視のスピードコンテストなんて意味あるのかな?」というような発言を目にして、驚かされました。

    この方の頭の中には、モーターの前後に車輪とF1のレースカーみたいなウィングをつけたスピードコンテスト専用車輌みたいなものは想像できないんでしょうね。まさに実物至上主義。それを悪いことだとは言いませんが、なんとも夢のない話だと思わざるを得ませんでした。

    当時のスピードコンテストは、スケールモデルを高速化したカテゴリと、自由形カテゴリに別れていたように思います。入賞した作品は、それぞれに制約を活かした仕掛けや工夫が組み込まれており、単なるコンテストではなく、その発想の豊かさや高い工作力、デザインセンスなども問われる良いコンテストだったと思います。井門さんがイモンスペシャルを出したのは自由形のほうでしたね。
    ああいうのを作りたかった私は、物凄く興奮しながら記事を読んだことを思い出しました。

    だからこそ、今、スピードコンテストをやったとして、若い人がどれだけ参加してくれるのか、ちょっと心配になりました。

    スクラッチについて考える(5) スクラッチしない理由

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      では、最後にスクラッチしない理由について考えてみます。

      1)製品化されている

      今や、かなりマイナーな車両まで製品化されている時代です。フリーならまだしも、スケールモデルを作るのであれば、探せばだいたいどこかのメーカーからキットや完成品が出ている状態です。
      ガレージキットなど、ワンショットものは入手しにくいでしょうが、ヤフオクやネット販売などのおかげで、探せばだいたい手に入りますね。すぐに入手できなくても、時間をかけて探せば何とかなるものです。

      売っているものをわざわざ作る必要はないと考えるのも無理はないですね。
      仮に作るとしても、イチから作らなければならないものは、そんなにありません。キットを加工して別の形式を作ることも可能ですから、いわゆるフルスクラッチまでする必要は、ほとんどなくなってしまいました。

      これは、鉄道模型のみならずプラモデルなんかの世界でも同様で、日本だけでなく各国のメーカーから、こぞってマイナーな車両が製品化されていて、今や製品化されていないものを探すほうが難しいくらいになっています。


      2)時間がない

      私のようなサラリーマンですと、工作に使える時間は物凄く限られます。そうすると、スクラッチなどする暇がありません。キット制作にかかる時間を1とすると、スクラッチは5〜10倍の時間が掛かると言っても過言ではありません。
      そうなると、スクラッチにはなかなか手が出なくなります。自由形でしたら何とかなりますが、スケールモデルのスクラッチは1年がかり、なんていうスパンで考えないと作れなくなりますね。
      そのあたりも、スクラッチに手が出ない理由のひとつと言えるでしょうか。

      3)技術が無い、機材がない

      スクラッチしてみたいけど、技術が無い、と思っている人も多いと思います。
      あと、機材もないという人が多いんじゃないでしょうか。
      技術には2種類あって、いわゆる匠の技というべき「技術」もありますが、大半は「きちんと作る」という事に尽きます。「まっすぐ切る」「等間隔に穴を開ける」「垂直を出す」など、丁寧に工作すればだれでも出来ること。ただ、それが持続しないんですね。私のようなせっかちは、ついつい先を急いでしまい、雑な作りになってしまいます。
      ですから、始めてしまえばなんていう事もないんですが、その一歩が踏み出せないかたが多いのではないでしょうか?

      また、よく耳にするのが、機材が無いということ。特に鉄道模型、金属工作で多いのが、旋盤やボール盤などは買えないのでスクラッチ出来ないという事をおっしゃるかたが少なくないという事です。
      おそらく、工作記事をブログにアップされている多くのかたが、これらの工作機械を巧みに使っている場合が多いので、そんな誤解を生んでいるんだと思います。
      金属工作は糸鋸とドリルと半田ごてがあればできます。旋盤やボール盤は、その上のステップに進みたい時に買えばよいのであって、最初は必要ありません。(もちろん、最初からあればそれに越したことはないですが)

      結局、そこそこ腕の立つモデラーさんは、主として時間短縮のためにそういった機材を使われているのであって、必需品というわけではないんですが、そこを誤解している人が多いように思います。

      あと、前回の記事にも関連しますが、基本的な工作方法を書いた記事なりブログなりが少ないという事も、スクラッチに手を出しにくい理由になっているような気がします。

      これらの事を考えた時、我々スクラッチビルダーがやるべきことは、

      1、基本的な工作方法の紹介
      2、テクニックを出し惜しみしない
      3、色々な素材を使ってみる
      4、常に改革する意識を持つ

      というようなことなのではないかと思っています。

      また、これからスクラッチしてみたい人に助言するとすれば、

      1、とりあえずやってみる
      2、失敗を恐れない
      3、下手でもいいから完成させる
      4、失敗に学ぶ

      という事でしょうか。
      私もまだまだ他人に技術を披露出来るところまでには至っていませんが、基本的な工作方法などの紹介は、もう少し丁寧にやっていきたいと思っています。

      長々と、とりとめもない話を書きましたが、スクラッチの話はここで一旦終わりにしたいと思います。
      駄文にお付き合い頂き、ありがとうございました。



      スクラッチについて考える(4) スクラッチの理由

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        では、どんな理由でスクラッチをするのでしょうか?

        1)無いものを作る(自分だけのもの)

        一番多い理由がこれではないでしょうか?
        他人の持っていないもの、製品化されていないものを作る。
        その派生が、フリーランスという事が言えると思います。

        つまり、Nゲージは初期、車両が殆ど無かったので、車両のバリエーションを増やすためにはスクラッチまたは改造するしかなかったわけですが、車種が増えるにつれてスクラッチの必要はなくなり、結果として工作をする人が減ったという事が言えるでしょう。

        2)キットや完成品は高いから自作する

        これもスクラッチのきっかけとしては多いのではないでしょうか?
        実は私がスクラッチする最大の理由はここです。
        模型に使えるお小遣いが、1か月1万円も確保できない一般的なサラリーマンにおいては、何万円もする完成品やキットには、おいそれと手が出せません。
        一方、素材だけ買ってスクラッチするのであれば、そんなにお金はかかりませんし、工作を楽しむことができます。
        若い人が比較的、スクラッチをしている場合が多い理由のひとつに、お金の問題があると言っていいでしょう。
        ただ、金属工作となると、話は違ってきますが、そこは一旦割愛しておきます。

        3)工作を楽しみたいから自作する

        現在、いわゆるスクラッチ主流派の方々の多くが、この理由から自作をしているんだと思います。
        これは派生的な要素ですが、自作は、すればするほど面白くなります。自分の腕も上がり、どんどん良い作品が作れるようになってくると、工作意欲も湧いてきます。
        さらに上を目指すために、機材を購入し、情報を収集してさらに技術が上達していくというルーチンに嵌ってしまえば、あとは特に理由など必要なくとも自作を続けるようになるでしょう。

        このことから言えることは、スクラッチ派を増やそうと考えるならば、工作の楽しみを出来るだけ伝播していく必要があるという事です。

        鉄道模型において、HOW TO 本が意外と少ないのが、現在スクラッチ派が少数派になってきている一つの理由ではないかと思っています。作りたくても作り方が分らない。半田ごての基本的な使い方、糸ノコの使い方、エアブラシの使い方など、ベーシックな技術法の紹介が少ないことが、スクラッチに手を出しにくい理由のひとつになっているような気がします。
        RMM誌などで、時々そのような特集をやっているようですが、あれをまとめて、スクラッチ法の紹介本などを定番化して販売すると、スクラッチに興味のある人が手を出しやすくなるんじゃないでしょうか?

        私にとって、そのバイブルとも言える本がありました。TMSの特集、「たのしい鉄道模型」です。
        冒頭で鉄道模型の仕組みを解説し、初心者にもわかりやすく説明しているのが子供にはとても有難かったものです。

        内容は、お座敷レイアウトの製作記事に始まり、小ストラクチャーの製作、パワーパックの製作、コントロールボードの製作、ペーパー電車製作法、市販キットの改造、石炭の積み方、古典蒸気機関車のスクラッチ、そして最後には国鉄F級電機EF57のスクラッチ記事でまとめられています。

        特に、この中にある、井上順一さんによるペーパー電車製作法にはとても影響を受けました。マニラボールという特殊な紙(牛乳瓶の蓋の材料)を使っていらっしゃいましたが、その当時でもマニラ紙は入手しにくい素材で、画材屋さんに相談してケント紙を教えて貰い、それでペーパー工作を始めたことを良く覚えています。

        初心者から上級者まで、参考になる記事満載で、私はこの本に随分影響を受けました。
        残念ながら長い事絶版のようで、古本を探すしかないのですが、こういった本を数多く出版して欲しいものだと思います。

        <つづく>

         

        スクラッチについて考える(3) スクラッチは偉いのか

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          今週は、スクラッチについてあれこれ考えています。

          誤解の無いように書いておきますが、スクラッチ批判でも、スクラッチしない人を批判しているわけでもありません。
          批判ではなく、考察しているだけです。その点、誤解なきようお願い致します。

          さて、本題に入る前に、まーくんのブログが面白かったのでご紹介しておきます。

          http://blog.goo.ne.jp/hon20/e/c06d1082bf2d7c459b0992b81997648a

          お見事です!生涯現役論(笑)
          学生の頃から中折れしていた私は(大汗)

          閑話休題、それはさておき。

          スクラッチ議論がしばしば険悪になるのは、「スクラッチする人は偉い」的な考え方が根底にあるからではないでしょうか?
          「士農工商コレクター」という雰囲気があって、完成品を買い集めるだけの人は幼稚である、みたいな考えが、何となくモデラーの中に流れている雰囲気を感じます。

          毎回引き合いに出して申し訳ないのですが、プラモデルには完成品というものが無い(最近は若干ありますが)ので、そもそもそういう考えは湧いて来ません。ですから、スクラッチ議論など発生しようがないわけです。ところが、鉄道模型にはキットと完成品があります。

          ですから、完成品を買うだけで、工作をしない人でも鉄道模型が楽しめる。そういう方は得てしてお金持ちなので、貧乏人が僻むような感覚で、工作しないやつは下等というイメージが定着しているんだと思います。

          最近では、模型誌でも古い製品のコレクションを紹介するような記事があり、一概にコレクターが下に見られる傾向は減ってきたように思いますが、それでも未だにそういう雰囲気は根強く残っているように思います。

          スクラッチをする方は凄いと思いますが、決して偉いわけではないですよね。そこを、偉いと定義してしまうことが問題なのだと思っています。そしてまた、意外とそういう感覚を持っているかたが多いのには驚かされます。

          そこに金属製品至上主義が結びつくと、さらに嫌らしいことになります。

          私は意外にもスクラッチビルダーでして、今までナローゲージでキットを組んだのはPECOのバリキットとペアハンのバテロコくらいです。バリキットは若干加工していますし、バテロコのほうはOn2に改軌しているので単純な素組ではありません。
          そのほかここ5年くらいで作った車両は、ほとんどオリジナルのスクラッチ品です。
          でも、真鍮加工はあんまりやらないので、私に対しては、スクラッチビルダーというイメージは少ないのではないでしょうか。

          ボール盤も持ってないですし、勿論旋盤もありません。
          真鍮工作をしていないから、スクラッチビルダーとは思われていない。というか、プラや紙で作った模型は格下という考えが強く鉄道模型界に残っていて、それがつまらない議論を呼んでいるような気がしています。

          真鍮工作でフルスクラッチ>真鍮キット改造>真鍮キット素組>プラ・ペーパースクラッチ>プラ・ペーパーキット改造>プラ・ペーパーキット素組>完成品加工>完成品買うだけ

          というような細かいヒエラルキーが設定されているような気がしてならないのですが、これって持たざる者の単なる僻みにすぎないんでしょうかね?

          ただ勿論、その根底には「確かな技術」「丁寧な仕事」という前提条件があります。私がスクラッチビルダーとしてイマイチなのは、その技術力と工作精度であることは十分認識しています。でも、そこを、自分なりに進歩させたいと思うことが、次につながります。成長したい、進歩したいと思うことが大事で、それが無くなってしまうと、モデラーの腕はあっという間に落ちるんじゃないでしょうか。

          ところで、鉄道模型のヒエラルキーには、さらに、スケールモデルか、そうでないかという概念が入ります。これは単純で、スケールモデル>フリーランスという構図ですね。

          つまり、真鍮板で作ったフルスクラッチのスケールモデルが、鉄道模型カーストの頂点に立つというわけです。

          私なんかは逆に、どちらかといえば自由形至上主義なので、D51の凄いスクラッチ品より、優秀なデザインの自由形車両のほうに憧れますが、そういうタイプは少数派のようです。

          ナローをやっているかたはそうでもないようですが、スケールモデル以外は認めないという御仁もいらっしゃって、なんとも頭の固い人だなあと思わざるを得ません。実は若いNゲージャーに、実物至上主義の人が少なくないんです。これは、多品種にわたって製品化されてきた歴史と無関係ではないように思います。

          その昔のNゲージャーは、外国型を改造し日本風に仕上げたり、GMのキットを改造してナントカ電鉄風の電車を作ったりして、割とフリーランスに寛容な方々が多かったのですが、手に入る車両のラインナップが増えるに従って、実物至上主義の人たちが増えてきたように思います。これは面白い現象だと思いますね。

          ナローゲージは特殊で、実物至上主義と自由形がバランス良くミックスされているような気がします。そこがナローの良い点だと思うのですが、その背景には、アルモデルさんやトーマモデルワークスさん、ペアーハンズさんのような、優秀な自由形車両を製品化するメーカーが多いという点も、見逃せないポイントではないかと思っています。

          <つづく>

          スクラッチについて考える(2)何故スクラッチするのか

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            では、何故スクラッチをするのでしょうか?

            一番分かりやすい例は、製品化されていない車両を作る、という場合ですね。
            この場合は自作するよりほか手がありません。

            ところが、ここ10年くらい、理由は色々あると思いますが、製作される車両のバリエーションが恐ろしく増えてきました。主としてNゲージ(の、マイクロエース)を筆頭に、これでもかという数の車両がワンロットで生産され、市場に出てくるようになりました。
            こうなると、自作しないでも欲しい車両を手に入れることが出来るようになってきました。30年前には、C11とD51とC62しかなかったNゲージの国鉄制式蒸気機関車など、9600型以降の機関車は、ほとんど全て製品化されています。

            そうなると、自作なんかしなくても良くなっちゃいます。
            Nゲージとしては正しい進化だと思っていますが、一方で作る楽しみはスポイルされました。

            我らがナローゲージの世界でも、こんな車両までと思うようなクルマが製品化されるようになりました。いわゆるスケールモデルを作りたいのなら、入手のしやすさ、しにくさという問題があるとしても、主要な軽便鉄道の車両は、ほとんど揃えられます。

            このようにして、製品が細分化され、敢えて自作しなくても欲しい車両が比較的簡単に手に入るような状況になってきたことが、スクラッチビルダーが減った原因の一つだと思います。

            しかしながら、必ずしも市販のキットなり完成品の出来が、全て満足のいくものだとは限りません。全体の印象をつかみ損ねているもの。基本的な設計がおかしいもの。ディテールが甘かったり、明らかに間違っているもの。製品バリエーションの都合で、実物とは異なる表現にせざるを得なかったもの。

            これらに代表されるような理由で、製品やキットに満足がいかない場合、敢えてスクラッチを選ぶ、という事はあると思います。

            ただ、その場合でも、キット改造をすることはあっても、わざわざスクラッチしてまで作ったりしない場合が多いのではないでしょうか。

            もうひとつは、フリーランスの車両を作る場合です。自分でデザインしたフリーの車両は自作する以外方法がありません。キット改造でフリーを作る場合もありますが、自分で図面を引いてフリーの車両を作る場合にはスクラッチするしかありません。ただ、どういうものか、フリーランスのスクラッチは、スケールモデルのスクラッチより低く見られるという傾向があるようです。スケールモデル至上主義は、本題から逸れてしまうので、ここでは掘り下げませんが、鉄道模型趣味の中では他の模型より顕著に見られる傾向だと思っています。

            そして最後に、製品化されていようがいまいが、関係なく自作することを重んじる場合があります。このような方は、工作フェチとでも言いましょうか。作ることを純粋に楽しまれている方々がいらっしゃいます。まあ、こういう方々のことは、除外してもいいんじゃないかと思います。

            結論として、ここ10数年で、製品化されたキットや完成品の数が極端に増え、わざわざスクラッチしなくてもその車両が手に入るようになりました。そのことが、スクラッチする人を減らした原因のひとつ、と言ってもいいような気がします。

            さて、ここまでは前段。いよいよ明日から本題に入ります。

            <つづく>


             

            スクラッチを考える(1) どこまでがスクラッチなのか?

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              再び少しばかり手が動かない状態が続いています。
              先週からは原因不明の肘痛が起き、サポーターをしているんですが、あまり回復していません。(早く病院行け)
              そんな中、昨日は所属している会の会合があり、色々と英気を養って来ました。
              ちょっとアクセル踏み出さないといけないですね。

              さて、工作は週末に集中させますが、その間に色々考えていることを文章にしていきたいと思います。まずは最近、お仲間のブログでちょくちょく話題に上っている「スクラッチ」について。

              「スクラッチ」という言葉の語源は、「引っかき傷」という意味です。インスタントくじなどでよくある、10円玉で印刷を擦って、下の当たりやはずれのマークを出すようなやつを、スクラッチといいますよね。あれです。
              そこから派生して、「ゼロから」という意味が生まれたので、「スクラッチビルド」という言葉は、「ゼロから作り出す」という意味になります。

              ただし、ゼロからモノは作れないので、要するに素材から、という考え方でよいのだと思いますが、そう考えてみると、やはりキット改造はスクラッチとは言わないのでしょうか?

              鉄道模型おける「スクラッチ」は他の模型おける「スクラッチ」と少し様相が異なります。何をどこまでやったら「スクラッチ」と呼べるのか。ここの判断が物凄く難しいのですね。

              プラモデルだと話は少し簡単で、プラ板やプラ棒などの素材から作り上げたものはスクラッチです。細かい部品などはキット流用する場合もありますが、基本的には1から10まで素材から作っているものを言います。「フルスクラッチ」と呼ぶケースもありますね。
              例えば、作るものがフィギュアだったりした場合、ほとんど粘土細工みたいなものですから、パーツの使いようが無いわけで、自然とフルスクラッチになるわけです。

              キット改造は、基本的にスクラッチとは呼ばれませんが、そこに明確な基準は無いように思います。飛行機模型などで、量産型から試作型を作るような場合、作者のかたは「改造」と称することが多いのですが、結局キットから利用したのはプロペラと車輪だけだったなどと言う、ほとんど「フルスクラッチ」に近いような作品もあります。

              ところが、鉄道模型の場合はそうもいきません。何故なら、鉄道模型には上回りと下回りという概念が存在するからです。

              Nゲージなどで、下回りに既製品を使い、上回りだけ自作したものはスクラッチと呼んでいいでしょうか?
              それとも、車輪とモーター以外はすべて自作しないとスクラッチではないのでしょうか?
              16番などで、蒸気機関車を中心に工作されている方々を見ると、スクラッチの定義は、動輪とモーター以外は自作。ただし、ディテールアップ用のロストパーツ等は市販品使用可。というのがひとつの目安のように思います。

              一方で、キット改造はスクラッチとは呼ばないように見受けられます。
              例えば仮にD51のキットを買ってきて、台枠を自作してフルイコライザにしても、上回りがキットのままだったらスクラッチとは呼ばないのでしょうか?

              下回りに関してはフルスクラッチだけれども、上回りはキット利用、あるいはその逆というケースがある場合、そうやって作られた作品の呼称が難しいということですね。

              そこが、鉄道模型におけるスクラッチの判断基準の、一番難しいところなんだと思います。

              <つづく>

              今年の模型ライフを振り返って

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                今年は、1/72のルノーFT17に始まって、戦車積載用フラットカーとか、1/35のキッチンカーとか、ミリタリー寄りの模型を随分作りました。

                鉄道模型オンリーから、トータルな模型ライフを楽しもうと思い、戦車や航空機、ロボットに、果てはフィギュアまで作ってしまうという雑食な一年でしたが、それぞれに使う脳みそが違って、良いトレーニングになりました。

                夏ごろから、秋の軽便祭に向けてシフトを行い、何とか1/48スケールの小さなモジュールを完成させることが出来ました。こちらも、今まで使ったことのない材料を新規に使い、フィギュア自作など、新しいことにもチャレンジしたつもりです。

                その後、少し停滞しましたが、11月には複葉機のソッピースキャメルを制作。デカールが思わぬ落とし穴になり、完成には至りませんでしたが、これは来年の課題になるでしょう。また、年末には久々の9mmナローを再開。国鉄ナローという、良く分からないジャンルを考案して、しばらくはこれで楽しんでいきたいと思います。

                来年は、仕事が爆発的に忙しくなりそうなので、どこまで模型が作れるか分らないんですが、忙しいときほど模型欲が湧いてきますので、今年同様、いろいろと食い散らかす年になりそうです。

                本ブログは本投稿をもって本年の最後にしたいと思います。来年もよろしくお願いいたします。

                 

                3Dプリンタとクラフトロボに感じること。

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                   Twitterのほうでつぶやいたことなんですが、まとめる意味でブログにも書いておきます。

                   3Dプリンタというものが実用化され、それが一般消費者でも購入できる価格帯まで来ています。既に幾つかのメーカーさんが、3Dプリンタで作った製品も発売していますね。

                   メーカーが、3Dプリンタとかクラフトロボでキットを作り、それを売るのはいいのです。でも、個人がそれを使って車両を作ることを、果たして自作といって良いのでしょうか?
                   否定ではないので誤解しないで欲しいのですが、いくら便利でも、私はそれを使って作ったものは自作とは言わないんじゃないのと思っているだけの話です。だから、個人的には、そういうものは使わないということ。

                   3Dプリンタは、設計だけできれば、それを立体化するのは機械がやってくれます。最終形はレジンキットに似ていますが、レジンの場合、原型は自作しなければなりません。レジンの雌型を作ったりするのにも、そこそこの技術を必要とします。
                   しかし、3Dプリンタには、そのような技術は要りません。設計だけできれば、あとはプリンタがやってくれます。果たして、それを工作と呼んでいいのでしょうか?図面さえあれば、誰でも同じものが作れてしまうのです。そういうもの作って楽しいのかな?

                   個人が3Dプリンタを使って模型を量産し、ガレージキットにして販売するのならありでしょう。でも、個人で作って自分で楽しむものだけのために3Dプリンタを使う意味が私には良く分かりません。工作力の無い人が模型を作るという事なのでしょうか?それを工作と呼んでいいのでしょうか?そのあたりが疑問なのです。

                   クラフトロボにも同様のことを感じています。ペーパー車体を自作したことがある人ならお分かり頂けると思いますが、窓枠を切り出すのって物凄く大変なんですが、それを乗り越えて作った車両への愛着はひとしおです。正直、全ての窓枠がキチンと揃ってはいません。でも、そこが自分の工作の味なんだなあ、と思っています。

                   クラフトロボにしてしまうと、そこは機械がやってくれます。誰が作っても綺麗に窓が抜ける。そこはある意味、魅力的ではありますが、完成品みたいな仕上がりの自作車両って、作ってて楽しいのかなあ?という疑問も湧いてきます。

                   でも、一方で、それは技術に対するひとつの考え方に過ぎないという事も思っています。例えば、穴を開けるのにボール盤を使う人がいますよね。そのほうが便利で確実だから。垂直に穴を開けようとするなら、ハンドドリルよりも何倍も正確に、ボール盤のほうが垂直に穴が開けられます。
                   「だから味気ないんだ。ボール盤など使わずに、ハンドドリルを使え!」などとは誰も言いませんね。もちろん私もボール盤を使いたくない、旋盤使いたくないなどとは思いません。

                   クラフトロボも実は、それと同じことなんだと思います。自動で穴を開ける機械と、自動で切り抜く機械に、そんなに違いはありません。
                   しかし、クラフトロボに感じることと、ボール盤に感じることとは、何故か全く別の感情です。ボール盤は使いたいけれども、使える環境が無いだけ。また、そこまで機材を整備して模型を作ろうとは思わないだけの話です。しかし、クラフトロボは使いたいとは思わない。その違いがどこにあるのか、もう少し自問自答してみたいと思います。


                  何で鉄道模型だけ、厄介な名称議論などしているんでしょうねえ。

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                      えー、ひょっとしたら地雷を踏んじゃったかもしれませんけれど、不毛な議論には首を突っ込まず、傍から色々考えてみようというわけです。

                     私のような雑食系モデラーからみて、鉄道模型が奇異に映るのは、「ゲージ」なる呼称の存在です。他のモデルには縮尺の概念はありますが、ゲージという概念はありません。そりゃそうだ、デンシャは線路の上を走るんだから、縮尺のほかに線路の幅という概念があるんですな。

                     ところが、この線路の幅というヤツが、縮尺どおりではない。従って、不毛な議論が後を絶たないというわけです。私がゲージ論を不毛だと思うのは、そのゲージなるものが誕生した時代背景などを無視して、全て現在の視点でしか物事を語っていないという点に尽きます。

                     米国型HO(1/87 16.5mm)は、ほぼ縮尺どおりの線路幅なので、これに異を唱える人は居ないでしょう。同様に、HOn3(1/87 10.5mm)も殆ど縮尺どおりです。HOn2 1/2 については、正確には8.8mmゲージとすべきでしょうが、0.5mm単位でまるめ計算することにすれば許容範囲。HOn2については7mmゲージとすべきですが、現実的には6.5mmを使いますね。ここはちょっと意見の分かれるところかもしれませんが、既存インフラを有効に使うという意味合いで、ありだと思います。

                     しかしながら、日本で問題になるのは1/80 16.5mmというモノ。私は、このスケールというのは時代背景などを考えると、実によく考えられたものだと思うのです。車両限界と、既存インフラを組み合わせて最大限譲歩し、しかも「他の外国型と組み合わせて走らせても違和感のないサイズ」という事で1/80という縮尺を考え出したのは、非常に理にかなっているものだと思うからです。

                     縮尺と狭軌感に拘るなら、国鉄型車両は1/64 16.5mmのSゲージで作るべきだったかもしれません。しかし、1/64の日本型と、1/87のアメリカ型を一緒の線路で走らせるのは物凄く変です。1/64と1/87を同居させるのは、縮尺比率で言うと、1/35と1/48を同居させるのにほぼ近い感覚です。(64:87=35:48)さすがにそれはおかしいと思います。しかし、1/80と1/87の同居は、1/43と1/48の同居にほぼ近いので、これは許容範囲だと思います。
                     お座敷レイアウト全盛の時代に、入手しやすいアメリカ型と混在して走らせることの出来た1/80の日本型車両たちは、それゆえ、日本のモデラーだけでなく、HOやOOを楽しんでいる米国や英国のモデラーにも好まれ、世界的にも通用するものになっていったという事だと思います。

                     ですから、そのような過去からの流れをぶった切って、ガニマタはカッコよくないから13mmにするとか、1/87 12mmにするというのは、ちょっと違うと思うのですね。
                     13mmは、1/80 16.5mmあってこその13mmなのですから、そこを否定してしまっては存在価値がありません。1/87 12mmは、13mmとは切り離して考えるべきで、そこには狭軌感再現というよりも、縮尺統一的な意味あいが強いと思います。

                     例えば、HOn30のナローをやっている人が、自分のレイアウトに国鉄の情景を併設するならば、1/80 13mmではなく、1/87 12mmを選択するのが自然な流れです。その意味での12mmはありだと思います。
                     でも、そこに1/80 13mmを持ってこようが、1/80 16.5mmを持ってこようが、それこそは個人の勝手だと思うのは私くらいなもんですかね?

                     HOにはやたらと拘る人も、Nゲージになるとそうでもない。日本のNゲージは1/150 9mmですが、スケールどおりに作るなら国鉄型は7.1mmゲージにすべきですね。ああ、その意味ではZゲージは6.5mmじゃなくて7mmにすればよかったのにねえ。
                     1/150の国鉄型で6.5mmを採用している人たちも若干おられますが、国内のほとんどのNゲージャーたちが、9mmという線路幅にほとんど拘っていないというのも不思議な感覚です。その割には、車体の細かいディテールには妙なコダワリを見せていたりするんですが、それって何だかなあ?という気がしないでもありません。

                     結局、みなさん自分がやっているものだけが正しくて、他はダメと考えちゃってるのがいけないと思います。スバルの車が好きで乗っている人に、日産車の良さをいくら語っても無意味でしょう。巨人ファンの人から、弱い大洋ファンなど辞めちまえと言われて黙っていられないのと同じように思うのですよ、ゲージ論とやらは。常勝チームが好きな人には弱小チームを応援する楽しさは永遠に分からないでしょう。それならば、放っておいて欲しいのに、あれこれと口を出すからおかしな話になるのです。

                     ゲージ論を見ていて滑稽なのは、呼称にやたらと拘っているという点です。名前なんてどうでもいいじゃないの、と思ってしまうんですけど、世の中そうじゃない人が居るんですねえ。色々比較してみますと、鉄道を趣味としている人には、他の趣味に比べて頑固者が多いようです。それを悪いことだとは言いませんが、もう少し他人の意見を拝聴する(媚び諂う必要はない)、或いは頭ごなしに否定しないという余裕を持って頂きたいと思うのですが、いかがなもんでしょう?

                     色々なことにコダワルのは重要なことだと思います。でも、たかが名前に固執して、本筋を忘れてしまっては意味がありません。模型は作ってナンボの世界、鉄道模型には、さらに走らせて楽しむという醍醐味があります。そこを忘れて、規格のみにコダワリ続ける事に、何の意味があるのでしょうか?

                     私は、そういう意味でも、一般的な縮尺を捨て、1/35 16.5mm とか、1/72 9mm なんていうヘンテコな模型を作ることにコダワッテいるのかもしれません。それも皮肉っぽいことなのでしょうか?


                     


                    レイアウト・ジオラマ・地面

                    0

                        しばらく工作が停滞しそうな雰囲気なので、少しの間、文字のネタだけでお付き合い下さい。

                       レイアウトの呼称問題がtwitter上を賑わしていたのでひとこと。

                       鉄道模型で、本物そっくりの箱庭みたいなミニチュアを作り、模型の電車を走らせる設備を「レイアウト」という。「ジオラマ」とは言わない。

                       初めて鉄道模型のレイアウトを知ったのは、TMSの特集「たのしい鉄道模型」で紹介されていた、「組み立て式レイアウト」なるものであった。明昌鉄道だったかな?
                       「レイアウト」という言葉は、今では割と一般的に使う言葉になっているが、70年代前半には、まだ一般的な言葉ではなく、鉄道模型の専門用語のように思っていた。
                       「レイアウト=配置とか割付」という意味を知って、なるほどと思ったものだった。

                       一方で、プラモデルの世界に於いては、作った戦闘機や戦車を、同スケールで作ったシーナリィの上に置いて写真を撮ることを、「情景写真」と呼んでいた。
                       これが、いつのまにか「ジオラマ」という言葉に代わった。

                       ジオラマという言葉自体は昔からあったようで、箱庭風の投影機のことを指すらしいが、プラモデルの世界で一般的に使うようになったのは70年代からだと思う。

                       ところが、何故か鉄道模型の世界ではジオラマという言葉は殆ど使われていない。走るもの=レイアウト、走らないもの=ジオラマのような印象があるからかもしれない。そのような、車両の走らない情景は、ジオラマというより「シーナリィセクション」と呼んでいた。
                       セクションレイアウトみたいな用語も出てきて、これはいわゆるエンドレスではないエンドTOエンドのレイアウトや、走らせることを主眼としていないレイアウトを呼ぶときに使われていた。

                       プラモ界においては、TMS的位置づけにある老舗雑誌に、モデルアートという本があり、その中で「ジオラマ講座」が開かれたあたりから、ジオラマという言葉が定着していったように思うが、後発のモデルグラフィックスあたりはフランス語由来のジオラマという言葉に反発(?)して、英語発音のダイオラマを使うようになっていた。この手の言葉の言い換えは、後発雑誌がよくやる手法で、既に定着している用語に新しい言葉をつけて、それをスタンダード化して主導権を握ろうという考え方だ。
                       ドイツのタイガー戦車、パンサー戦車は、ティーガー、パンターと呼びかえられて久しいが、これも後発のダイオラマの人たちが言い出したものである。dioramaが、原語のフランス語読みのジオラマではなく英語読みのダイオラマなのに、tiger、pantherを原語のドイツ語読みにするのは矛盾してないかい?とか厭味を言いたくなっちゃうけどね。
                       処で、一時期訳知り顔でティーゲル、パンテルなどと呼んでいた人たちはどこへ消えたのだろう?

                       鉄道模型でも似たような呼び変えがあって、RMM誌あたりが始めた「地面」という呼び名がそれに該当する。「レイアウト」という素晴らしい用語があるのに、何を今更「地面」だという気がしないでもないんだが、ダイオラマ同様、そこから鉄道模型に入った人は、逆に「レイアウト」という言葉のほうが奇異に感じるかもしれない。私は、昔から「レイアウト」一筋で育ってきたので、「地面」という呼び方には違和感を感じるのだが、まあ、目くじらを立てるほどのことでもない。

                       ウチの方針としては、「レイアウト」が基本で、時と場合によって「セクション」「パイク」「モジュール」を使い分けていこうと思う。そういえば、「モジュール」を「モズール」と呼ぶ方々もいるね。あれの出自はどこなんだろう?

                       さて、そんなわけで、そろそろ軽便祭に向けて、次のレイアウトを仕込んでいかねばならないのだが、諸般の事情で、前回お披露目したDMCのスイッチバック・モジュールは解体せざるを得なくなってしまった。

                       これに代えて何か小品を作りたいのだけれど、今年は時間的余裕も金銭的余裕もないのが辛い。さて、どうなることやら。


                       



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