越後交通 栃尾線の車両たち

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    軽便祭で発売されていたものの、買いに行く時間が無くて買い逃していた本を通販で買いました。

    モデル8の「越後交通 栃尾線の車両たち」です。



    電化以降の越後交通栃尾線(栃尾電鉄)の車両が、ほぼ時代順に網羅されています。初めてみた写真が多く、車輌制作資料として非常に有意義な本だと思っています。

    栃尾線は自社工場を所有していたので、自社での魔改造が多く、気動車や客車、古い電車などが車体延長されて、「栃尾顔」ともいうべき狭い貫通ドアの付いた顔の電車に魔改造されている姿を時系列に見ていくと、なかなか興味深いものがあります。模型でもこんなに改造しないよ!と言いたくなるようなものばかり。中には原形をとどめていないものも多数あります。

    中でも、旧江ノ電115(元を辿れば武蔵中央電鉄(現:京王八王子線)の6号)を改造したホハ23の、オリジナル車体の写真(TDK時代のツートンカラー!)や、今まで文章でしか読んだことの無かったモハ206の流線形時代の写真など、貴重なものばかりで大感動でした。



    モハ206の写真のみ引用しておきましょう。特徴ある流線形先頭部は隠して(笑)
    見たきゃ本を買いたまえ。

    猫屋線改造が一段落ついて、現在は仕掛中のレイアウトの制作に掛かりきりですが、こういう本を読んじゃうと浮気心がムクムクと沸いてしまいますね(苦笑) もう少し目途が付いたら、この本からインスパイアされた新型車両を作ろうかなと思います。

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    で、レイアウト。



    今は、こんなものを作っています。しばらくはストラクチャーの制作が続きます。



     


    第13回軽便祭、ありがとうございました。

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      昨日は、第13回軽便祭が、日本橋富沢町の綿商会館で開催されました。

      前日は、毎年実施されている講演会「軽便賛歌VIII」。これも8回目ですか。
      TMSの「新諸国鉄道」でお馴染みの北市正弘さん、中国や台湾のSL写真で有名な蔵重信隆さんの公演がありました。

      木曾森林の最深部まで探訪した北市さんのお話、蔵重さんの台湾や韓国、インドネシアのナローゲージの写真と解説は、どちらも聴きごたえタップリでした。来年の軽便祭で小冊子になると思いますので、聞けなかった方は、お楽しみに。

      その後、関係者で恒例の前夜祭。しこたま飲みました。

      日曜日は、いつもの通り家元さんと車で出発。今年も「四頓☆倶楽部」の店番で参加です。
      順調に8時20分ごろ現地到着。既に3人ほど会場待ちの方々が陣取っていました。

      いつもの通り設営を行います。四頓☆倶楽部の展示はボックス型なので、あまり手間も掛からず、あっという間に完了しました。他の接続型のモジュールは結構大変で、開場直前まで調整で大忙し。もうちょっとボックス型を普及させたいですね。楽ですよ。

      家元さんのボックス型レイアウトは昨年のものと一緒ですが、TMSレイアウトコンペ入賞の銘板が光ります。昨年動かなかった重機も、ちゃんと動くようになっていました。

      また、今回は、四頓☆倶楽部に強力な助っ人が登場。

      まずはNaribowさんのパイク「柄石鉱山」。
      小さなパイクですが、建物にはNゲージの見慣れたストラクチャーを流用するという面白い技法を使っています。何人かのお客さんがそれを見つけて「こういう使い方もあるんだね!」と、感心していました。

      続いて蛇窪さんの「おっぱいく」。
      Zゲージのパイク=乙のパイク=おっぱいくというギャグですが、パイクの完成度は単なる駄洒落で終わっていないのが素晴らしいところ。走る車両も超スロー運転でビックリしました。何と、小さなギヤードモーターを仕込んでスロー運転が出来るようにしてあるそうです。よくあんな小さな車体にギヤードモーターが入りますね。

      そして長者丸さんの「どこかで見たパイク」。
      見る人が見ればわかる、某雑誌に掲載された土工パイクです。車両も同じ加藤!
      それを指摘してくれた方が一人いらっしゃった事を報告しておきます。

      その他、仲間のメンバーが作ったアルモデルの加藤4tを中心とした6.5mmゲージの車両を展示しました。

      私個人の展示はクリクラブースに、お題の「蒸機以外のロッド式機関車」という事で、旧作の「DC11もどき」。そして新作の「猫屋線改造電車・気動車4両」を展示しました。
      猫屋線のほうは、エコーモデルの阿部さんに絶賛して頂いて大感激。作った甲斐があったというものです。

      他の方々の展示をゆっくり見る時間は無かったのですが、お隣のOOninersの方々と、ちょっとだけお話。旧作のダグラス+バックマンNシフターを持参しましたが、残念ながら走らず。バックマンの下回りはダメですね。でも、有意義なお話をさせて頂きました。若い人たちがOO9をやっているというのは、実に頼もしい限りです。下回りにミニトリックスやアーノルドのT3を使っているというこだわりも良かったです。40年前の製品ですが、これが良く走るんだな。そこがバックマンとの差ですねえ。
      あと、アルモデルの動力を使った機関車もあり、これは今の時代にOO9のホワイトメタル製機関車を作成する時のスタンダードな工作法として、もっと普及しても良いなと思いました。ウチのダグラスも、近いうちにアルモデル動力に換装しましょうか。

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      買い物は、けむりプロの阿里山写真集と前回の軽便賛歌の冊子のみ。

      記念板は、私のコンセプトに合致しなかったので、申し訳ないのですがスルーしました。もう1/87のスケールモデルは、作るつもりがないし、作らないまま板を死蔵しておくのも何ですし、作ってくれる方に買って頂ければと思いました。
      早々に完売したそうで、やっぱり酒井は人気あるなあと思いましたが、早速ヤフオクに出ているようです。転売屋には困ったものです。

      その他、動力装置関係で、幾つか欲しいものはあったのですが、お財布の事情が悪いので断念。まあ仕方ないです。

      トミーテックの猫屋線では、試作の第3弾が登場していました。アンデコのまま売って欲しいなー。そして、第4弾の発表と、簡易軌道着工のニュースも。第4弾はバケット付き気動車と、第2弾の色変え、一部仕様変更の客車が出るようです。既に幾つか魔改造の妄想が(笑)いくらでも改造するよー。
      また、簡易軌道のほうはミルクカーのイラストが展示されていました。

      あっという間に時間が過ぎて、祭もつつがなく終了。公式発表で720名の集客があったそうです。どんどん増えているのは有難い限りです。

      来年は是非、今作成中のレイアウトを完成させて、出品させようと思っています。

      そして、今年は1枚も写真を撮っていないことに、帰宅してから気が付きました(苦笑)
      写真は他のかたのブログやtwitterでご覧ください(おい)

      ストラクチャーの制作(その13) ホルモン「チエちゃん」

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        軽便レイアウトのストラクチャーを制作中です。

        駅前のささやかな商店街の外れ、神社の隣に位置するのがホルモン屋さん。
        屋号は「チエちゃん」です。マンガでお馴染み「じゃりン子チエ」の舞台です。



        STウッドとボール紙の組み合わせ。屋根はトタン板とし、これも紙で作ってあります。
        看板は手書き。暖簾も紙に手書きです。少し滲んだ感じにしてみましたが、やりすぎたかな?

        「居酒屋」をレイアウト上に設置するときの問題点は、昼間は開いてないということです。
        通常のレイアウトは昼間を想定して制作していると思いますが、居酒屋や一杯飲み屋だと、まだ営業時間前なので、扉は閉めてあるのが普通ですし、暖簾や赤ちょうちんも掛かってないと考えるのが自然ですね。そうなると、見た目は「しもた屋」と大差なくなってしまいます。

        その点、「ホルモン屋」などの場末の飲み屋の中には、昼から営業している店もあり、暖簾を下げてもおかしくありません。場所によっては朝から営業しているお店もあって、人生を棒に振った方々の憩いの場になっていたりします。



        暖簾で中が見えなくなっていますが、一通り内装は作るつもりです。朝から飲んだくれたオヤジ人形も配置しましょう。焼き場には髪の毛を赤いポッチリでまとめた少女「チエちゃん」の姿。お店の前には黒シャツ腹巻雪駄のいかついオジさん「テツ」。屋根の上には「小鉄」と「ジュニア」の2匹の猫を配置して、「じゃりン子チエ」の世界そのままを再現したいと思っています。



        となりは、以前紹介した、エムズコレクションの「はいから商店」改造の郵便局。色々悩んでいるうちに2年以上が経過してしまいました。当初内装もちゃんと作ろうと思っていたのですが、昭和40年代の特定郵便局の内装の資料が全くありません。小学校時代に、切手を買うために通っていた近所の郵便局の内装の記憶もあやふやで、どうしたものかなと思っているうちに、ダラダラと時間だけが経過しています。

        とりあえず、完成を優先しますので、内装は適当な感じで誤魔化すしかないかな?と思っています。



        猫屋線第2弾改造 塗装!

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          気が付けば8月も終わりじゃないですか。
          今月は全く何も書かなかったのですが、手を休めていたわけではありません。

          猫屋線第2弾の改造を頑張っていました。



          前回の投稿以後、下回りの工作とカプラーの取り付け。カプラーはマグネマティックを採用です。定番の1015。老眼になりましたが、これの組み立ては、ちょっとしたコツを飲み込めれば意外に簡単です。

          下回りは、どうせ見えないので大幅に省略。宮下さんみたいに「スカートの中に凝る」ような事はしません(笑)
          旧型電車の床下器具は、抵抗器が存在感を示していますので、これだけエコーの製品を買って、2個ずつに切り分けて使いました。後のパーツはあまりのエアタンクとか、Nゲージ用の床下器具、プラモデルの余り部品などからそれらしくチョイスして適当に付けています。
          スケールモデルではないし、そんなので充分だと思います。



          色気を出して、先頭車にはカプラー脇にジャンパー栓を付けました。ジャンパー栓の目的は、ブレーキ廻りの引き通しに使われるほか、総括制御を行うための電気信号の引き回しです。近鉄ナローなどでも小さな2本のジャンパーホースが見えていますね。
          あまり大袈裟にしたくなかったので、1個だけ付けています。ブレーキ関係という事にしておきましょうか。

          さて、夏休み中に塗装を済ませようと思ったのですが、生憎の雨天続きで、ようやく晴れたのが先週末。一気に6両を塗装しました。カラーリングは前回と同じく西武赤電色。当社の電車の標準色です。マックの単端には枯草色を塗りました。これも2色塗装の予定でしたが、最後はバテバテになったので単色で誤魔化します。



          「金太郎の腹掛け」にしたものが多く、このマスキングに手間取り、さらに屋根にはスエード調を吹いたのですが、目詰まりして荒くなってしまい、6両塗り終わったころにはへとへとになってしまいました。
          湘南型の2両は、M車が金太郎、T車は敢えて一般的な塗り分けにして変化を付けました。三重交通だと、こちらの塗り分けのほうがしっくり来ます。



          M車のほうは、ちょっと日和って連結面の3枚窓のほうも運転台をつけちゃいました。先日、熊本まで旅行に行ったのですが、熊本電鉄の元東急5000に、かなり影響を受けているのは否めません。



          ハカイダーも、こんな感じに。作る前は山形交通三山線のイメージでしたが、出来上がってみると何やら下津井っぽい雰囲気でもあります。



          マック単端は単色にしましたが、窓枠を黄色く塗りたい欲求が出てきてしまいまして、さて、どうなる事やら。

          あとは、失敗した部分のレタッチと、下回りの塗装。憂鬱なHゴムへの色差しなどが待ち構えています。RMMの猫屋線コンテストに応募しようかなと思っていたのですが、この調子では間に合いそうもありません。どうもコンテストみたいなヤツとは縁が薄いです。

          猫屋線第2弾改造4両!

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            猫屋線の第2弾、購入してからもう3か月近くが経ってしまいました。
            改造ネタは、すぐに思いついたのですが、思いのほか時間が掛かっています。まあ、それなりの重改造なのでねえ。

            とりあえず4両ほど、目途が付きましたので披露させて頂きます。



            ・近鉄モ200タイプ2連。



            誰もが思いつくのが、湘南型キハ11と3枚窓ホハ1の片側の妻板を入れ替え、片運転台式に改造することだと思います。これは簡単ですが、それでは面白くないので少々弄ってみました。

            近鉄モ200と言うより三重交通モ4400と言った方がしっくり来る感じ。前面窓上に、スリット型のベンチレーターを取り付けるだけで、随分それっぽくなります。
            あとは、雨樋を削って張り上げ屋根化します。ベンチレーターはオリジナルのまま。パンタは当社標準のエンドウ製PS−16。
            ステップを外して電車風にし、手すりを付ければ大体完成です。



            連接車は運用が面倒なので通常のMT編成としました。仮形式はデハ300とクハ301にします。下回りは、デハ300がKATOのEF60用下回りをそのまま使用。クハ301は余った中間台車用の車輪を4つ使って、鉄コレの台車枠に嵌め、床板はプラ板で自作してあります。

            カプラーは台車マウントにならないので、マグネマティックを使用する予定。もう少しディテールアップしたいところですが、この手のフリーは適当なバランスも重要なので、あまり凝ったディテールは付けないつもりです。


            ・近鉄サ130タイプ



            キハ13の車体を2個使い、1つ潰して側面バス窓を前面に移植。ヘッドライトを埋めて車体を組んでパテ埋め、サーフェサーで仕上げたものです。バス窓の前面移植は、案ずるより産むが易しで、意外と簡単に出来ました。

            ステップ外しと手すりはモ200タイプと同じ工程。オリジナルのサ130同様、ウィンドウシルを巻きました。

            実物はかなり変わった台車を履いていますが、これもクハ301同様、NのEF型中間台車の車輪を分売パーツで購入し、鉄コレ台車のTR11に履かせたものです。

            実物のサ130は片側に車掌室があり、編成のしんがりを務めることもあったようで、テールライトが付いていました。これも、それに倣ってテールライトは外していません。

            形式はサハ130を名乗る予定。

            デハ300系と同じく、カプラーはマグネマティックにします。デハ300+サハ130+クハ301で、堂々の3両編成になります。前作のモニ220タイプのお供にしても似合いますね。

            ・山交三山線モハ106タイプ(通称:ハカイダー)



            制作中の画像をツイッターに上げたら、前面のイメージがハカイダーみたいだと言われたので、そのまま仇名にしています。(笑)

            元々のイメージは山形交通三山線のモハ106(蒲原鉄道モハ91)ですが、前面がカーブになっているのでイメージがかなり違います。そこで、ぐるっと雨樋を巻いたらハカイダーみたいな顔になったというワケです。

            サ130同様、側面のバス窓を前面に移植しますが、片側だけにしました。オリジナルは側面客用ドアにステップがありますが、これは他車と仕様を合わせるために削っています。
            最大の加工は運転室ドア部の延長で、プラ板2枚重ねで表現。屋根も一体でプラ板を曲げて作ってあります。



            手すりを付けて、屋根上にベンチレーターとパンタグラフを載せれば完成。ベンチレーターは、ちょっと変わったものにする予定。ヘッドライトはエコーの100Wにするつもりです。

            下回りは、手持ちのGM動力に、アルモデルの7φ車輪を組み込んでいます。台車はDT22ですが、不自然ではないのでこのままにします。これもカプラーはマグネマティックになるでしょう。形式はデハ106とします。

            さて、かなりユニークな4両が出来上がりました。第2弾は、あと側面を奪われたキハがありますので、これを使ってもう1種類でっち上げる予定です。


            カメラカーの制作(1)

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              ネットで見かけた、おもちゃのWi-Fiカメラを使って、9mmナローのカメラカーを作ります。

              まず、本体ですが、下面に磁石が付いており、これで玩具の電車の車体に吸い付け、マジックテープで巻いて止めるという原始的な方法でセットします。
              9mmナローならば、磁石だけで十分だろうという事で、簡単な下回りをあてがいました。

              最初は自走式にしようと思ったのですが、この磁石が災いしてモーターと干渉してしまいます。

              そこで、手持ちの鉄コレ12m用下回りをあてがい、鉄板を仕込んでプラ板、プラ棒を使ってまとめました。

              付け外しの様子は、動画でご覧ください。



              カプラーは当社標準のKATOカプラーとしました。

              作りかけのレイアウトの上で、走行試験をしてみます。重量があるので、推進式でも問題ありません。ただし、勾配を上がるにはそれなりのパワーのある機関車が必要になりそうです。

              こちらも動画をご覧ください。



              カメラは、USBで充電が可能で、Wi-Fiでデータを飛ばして、スマホのアプリで動画を見ることが出来ますが、動画の転送速度が遅いので、アプリで見るとカクカクした動きで今一つです。

              本体には、マイクロSDがセット出来るようになっており、これを使うと走行中に録画できます。それをPC等で見るほうが、綺麗な動画を見ることが出来ます。

              上記の撮影動画を見て頂きましょう。



              6千円ほどの安いカメラですが、これだけ写れば十分ですね。本来ならカメラを先台車にマウントすることで、カーブでもカメラが外側を向かずにレールと平行に撮影できるようになると思いますが、分解してそこまで改造する気もないので、このままで行きます。

              下回りが味気ないので、ちょっとしたディテールを付けて、車両っぽくしてみたいと思います。

              猫屋線改造単端とカメラカー

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                ここのところ、体調の問題などで模型作りをするような気分になれず、ずっと低空飛行していました。ようやく回復傾向になってきたので、仕掛品を片付けます。早めに何とかしないと、レイアウト制作に戻れません。

                さて、猫屋線第一弾改造の、近鉄モニタイプを作った時に余った車体で、短い箱を作りました。これにボンネットを付けて、単端式気動車をデッチ上げようという魂胆です。

                日車タイプ改造の単端といえば、「玉軌道の単端」を嚆矢とするでしょうか。あのイメージは強烈なものがありました。



                早速、手持ちのプラ製マックトラックのボンネットを接着。これで気分は玉軌道。ただ、そのまま同じものにはなりません。窓配置も違うし、少し短めになります。そこで、リアには鮮魚台を付けました。アルモデルの昔のタイプです。背が低くて幅が狭いのですが、このような単端にはジャストフィットという感じ。



                車体は、繋いだあと側面の窓桟を切り取って一枚窓とし、下から1/3くらいの位置に手すりを通します。そのほか、ドア部の手すり、前面窓上にプラ板で庇を乗っけてボディは完成。ベンチレーターはドア上部の1つだけとし、もうひとつは削り取りました。ヘッドライトは元のパーツを使います。



                下回りは、Bトレ用動力の改造です。非動力側の台車を取り、動力側台車のゴムタイヤを通常タイヤにすげ変え、4輪集電にします。何かを牽引するような車ではないので、ゴムタイヤは不要です。



                単台車側は、Nゲージの外国型貨車で、コイルバネの付いているものを利用。車輪は7φを付けて、ボギー台車と差をつけましたが、ほとんど目立ちませんね。



                あとは最終仕上げと塗装のみ。排障器などは塗装後に別付けします。

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                Twitterで紹介されていた、おもちゃ用の車載カメラが気になって、通販で購入してみました。



                プラレールなどに括りつけて使うように作られていますが、大きさがナローゲージに丁度良さそうな感じでしたので、これを使ってカメラカーをデッチ上げます。



                簡単に行きたいので、シャーシは鉄コレの12m級用を使い、中に鉄板を仕込みます。車載カメラ本体側に磁石が付いていますので、これで簡単に付け外しが出来る下回りが出来上がりました。



                これで完成でもいいんですが、もう少しそれっぽく艤装してみようと思います。



                カメラの性能については、機会を改めて紹介したいと思います。




                レベルカラーの話

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                  前回に引き続き、昔の塗料の話です。

                  クレオスのホームページで、Mr.カラー40年のあゆみ という特集記事が連載されています。

                  大変興味深く読ませて頂いているのですが、第4回の記事で衝撃的な事実が明らかになりました。
                  レベルカラーは、1973年に初めて国産の模型用塗料を開発し、販売したというのです。

                  これは少し誤解を生みそうな気がしました。何故なら、レベルカラーは、それ以前から売られているからです。従って、72年までのレベルカラーは輸入塗料で、73年に国産化され、市場に出回ったものと思われます。

                  しかしながら、模型雑誌の記事等で、それに触れているものは記憶が無く、少なくとも私が調べた月刊モデルアート誌(以後MA誌と略す)で、それが取り上げられた事は無かったと思います。折角良いものを国産化出来たのですから、もう少し宣伝しても良かったような気がしますが。

                  70年頃には、プラモデル雑誌と呼べるものはMA誌しかありませんでした。ほぼ同時期に創刊されたホビージャパン誌(以後HJ誌と略す)は、ミニカー雑誌で、プラモデル紹介を始めたのは73年から74年頃の事です。その後、HJ誌はミリタリー中心のプラモデル雑誌になりますが、80年代になって、いわゆるガンプラ系のSFものを取り扱い出し、現在はフィギュア系も絡めた雑誌に変貌しているのはご存じのとおりです。

                  従って、プラモデルの情報は、70年代中頃までは、MA誌のみでしか拾えません。尤も、鉄道模型も1976年に「とれいん」が刊行されるまでは、ほぼTMSだけと言って良い状態でしたので、鉄模もプラモも似たような状況だったわけです。

                  従って、この時代、プラモデルに関する情報を取得するのは、なかなか困難な事になっています。

                  我が家では父がMA誌、HJ誌ともに愛読していて、創刊号から80年くらいまで、ほぼ揃っていたのですが、15年ほど前に引っ越ししたときにすべて処分してしまいました。その際、幾つか私がサルベージしておいた本が残っていますので、これを主体にして当時の記憶を掘り起こしてみたいと思います。

                  さて、そんなわけで、ここからは推測の域を出ませんが、幾つか気が付いた事がありますので、それを書いて行こうと思います。

                  【発売当初は30色】

                  ネットを探しても、これに言及しているようなサイトは、ほとんど見かけませんので、少し詳しくまとめてみましょう。発売開始がいつだったのかは分かりませんが、手持ちのMA誌を読めば、少なくとも1968年にはレベルカラーが発売されていました。

                  当時のMA誌のレベルの広告に、制作の手引きみたいな記事が出ているのですが、そこにレベルカラー番号の指定があります。



                  <レベル広告裏面に記載された、カラー調合指定>

                  また、前回も書きましたが、発売当初は1番ホワイトから30番フラットベースまでの30色でした。1969年の12月に、31番軍艦色1(アメリカ海軍)、32番軍艦色2(日本海軍)、33番艶消しブラックが追加になり、その後も徐々にカラーリングを増やし、71年には50色、1972年には60色、その後72色になります。



                  <MA誌1969年12月号広告より引用>

                  この時点で、すでに缶スプレーが登場していますね。さらに1971年には、プロスプレーが登場し、それに合わせてマスキングゾルやレベルカラー専用筆なども発売になっています。



                  <MA誌1971年1月号広告より引用>


                  【瓶のデザイン】

                  では、輸入版レベルカラーとはどんなものだったのでしょう。個人的なイメージとしては、輸入版レベルカラーと国産レベルカラーで、瓶の見た目には殆ど違いがありませんでした。
                  実物の手持ちがないので、ネットで画像を調べてみたところ、桜山軽便さんのページに辿り着きました。

                  http://s.webry.info/sp/sakurayamalr.at.webry.info/201510/article_14.html

                  ここに出ている、「郡是産業物資部」の瓶が、一番古いものになります。実は、さらに最初期の瓶は、塗料の中身の色に関係なく、蓋が全部白でした。

                  ラベルのRevellロゴが古く、色名称の位置が右横なものが初期です。

                  色名称が番号の下に書かれるようになり、注意書きが増えたものは、72年くらいに登場していますが、クレオスの説明によれば、この頃はまだ輸入塗料を使っていたという事になりますね。

                  瓶の蓋の上面にはレベルのロゴが刻印されていました。これにも、Revell Color表記のものと、Revellのみのものがあります。

                  一方、瓶の底にもRevellの文字が刻印されていますが、途中からグンサンに代わっています。おそらく、このグンサンになる少し前くらいが、国産化の始まりと思って良いでしょうか。

                  最終的に、グンゼはレベルと提携が切れ、レベルカラーはタカラが販売することになりますが、この際に、瓶のデザインが一新されます。赤・黄・青の三原色が斜め線になり、TAKARAの文字が入ります。

                  タカラ時代にも瓶の変遷があり、初期タカラは蓋が長くて、収納に困った記憶があります。すぐに旧グンゼレベルと同じ長さに戻りましたが、あれは何だったんでしょう。クレームが来たんですかね?

                  瓶のサイズはグンゼ時代と同じですが、瓶の底にはTAKARAの文字が入っていました。

                  この時代、グンゼはMr.カラーを発売し、出直しますが、TAKARAとの併売になります。中身は同じ藤倉化成製だったのでしょうか?それとも、東邦化研などの他のメーカーに変わっていたのでしょうか?

                  古い瓶は、15年前に実家が引っ越ししたときに全部処分してしまったので、実物写真を掲示出来ないのが残念ですが、分かる範囲で表にしてみました。
                   

                  時期 ラベル ロゴ 販売元 製造
                  発売当初 縦3色 旧レベルロゴ
                  色名称横
                  Revell Color
                  最初期の蓋は白
                  Revell 郡是産業物資部 輸入
                  1972年頃 レベルロゴ
                  色名称下
                  Revell Color グンゼ産業物資部
                  1973年頃 グンゼ産業レベル部 国産
                  1975年頃 Revell グンサン グンゼ産業
                  1977年頃 斜3色 Revellタカラ併記 Revell
                  蓋の高さが高い
                  Revell タカラ 不明
                  1978年頃 TAKARA TAKARA

                   


                  【シンナー問題】

                  1972年、いわゆる「シンナー遊び」が問題になり、トルエンやキシレンが含有されているシンナーの販売が規制されるようになりました。子供が購入できるプラモデル用シンナーは、シンナー遊びには最適なアイテムとされていましたので、これに対する対策が講じられました。

                  それまでのレベルシンナーから、レベルうすめ液に名称変更されると同時に、成分も変わったものと思われます。



                  <MA誌掲載記事に載っていた各社のシンナー瓶。レベルの瓶にシンナーの文字が読み取れます>

                  私はこの時点で、まずシンナーが輸入塗料から国産になったのではないかと推測します。

                  クレオスの記事によれば、国産化を行ったのは藤倉化成。その沿革を見ると、1972年の2月に、米国レッドスポット社とプラスチック用塗料の技術提携を行っていますが、おそらくこれが国産レベルカラー誕生の基点になるのでしょう。

                  ***

                  ここまでレベルカラーについて語ってしまうのは、やはり私が最初に使って、Mr.カラーになって以降も一番長く使い続けてきた塗料だからに他なりません。

                  さて、今回、この記事を書くにあたり、家の古いMA誌を読んでいたら、こんな広告を見つけました。



                  1969年12月号掲載の広告です。

                  トミーナインゲージ。ナインスケールになる前、バックマンかアトラスあたりを輸入販売していたものと思われます。GP40とF9ですから、アメリカ型ですね。給炭塔や駅舎などのアクセサリー類が充実していたのも、Nゲージがレイアウト指向の模型として始まっていたことを裏付けしていますね。



                  もうひとつ、これも同誌からの広告ですが、マルサンプラカラーの広告になります。
                  東邦化研が直接広告を出していたのは気づきませんでした。前回、東邦化研は広告を出していなかったなどと書きましたが、訂正します。その後モデルカラー時代にも小さな広告をMA誌に出していました。私は全く気付かなかったのと、懇意にしていた模型店がレベルカラー派だったので、モデルカラーとは縁が無かったという事でしょう。

                  古いMA誌を読んでいると、小中学生時代に戻ったような不思議な感覚になります。鉄道模型ファンにも楽しんで貰える記事などもあり、また機会があったら紹介したいと思います。




                   

                   


                  レベルカラーの思い出(模型塗料史を兼ねて)

                  0

                    うかいさんのツイートが気になって、ちょっと昔の記憶をほじくり出してまとめてみたら、例によって超長くなってしまったので、ブログのほうでまとめることにしました。

                    父がプラモデラーだったので、かなり昔から我が家には模型用塗料が豊富にあり、私もそれを使わせてもらっていました。一部記憶が曖昧な部分もありますので、間違っている部分もあるかもしれませんがご容赦ください。



                    プラモデル用の塗料と言えば、60年代中頃まではハンブロール一択だったと思われます。
                    ハンブロールはエナメル塗料で、伸びが良く筆塗りが可能でしたが、乾燥に時間が掛かるのがネックでした。

                    国産ラッカー系塗料の嚆矢としては、やはり60年代に、マルサンのプラカラーと、イサムのプラッカー、そして、ピラーという舶来品(実は国産w)がありました。プラカラーは原色のみで、調合して使うしかありませんでしたが、ピラーには日本陸軍機用とかドイツ戦車用とか、ミリタリー用の専用塗料があり、私の父はピラーとハンブロールを併用していました。



                    ピラーは当初三角形のビニール袋みたいな変な容器に入っていましたが、その後丸瓶になり、最後は角瓶になります。一部の模型の組み立て説明書には、「塗料はピラーを使うべし」などと書いてあったりしましたので、これがスタンダードカラーだったと言って良いかもしれません。



                    マルサンのプラカラーは原色のみでしたが、プラシャインという銀粉がありました。原色で塗った上にプラシャシンを振りかけて擦るとメタリックになるというもの。

                    イサムのプラッカーは、蓋がコルクで揮発しやすく、すぐに使わなくなってしまいました。



                    それ以外にはマメラッカーという塗料がありましたが、これはプラを侵食するのでプラモデルには使えず、鉄道模型やソリッドモデルに使用していました。マメラッカーのサーフェサーは、他に代替品が無かったので重宝しました。マメラッカーという名前が示すとおり、小さな容器だったのですが、後年、マメラッカーダイという、極めて矛盾した名前の大きな缶が出てきて、サーフェサーは殆どこれ一択でした。



                    いわゆるエアブラシは、模型に使えるものはピースコンなどの高価な海外品しかなく、我々貧乏人用には、百万人のハンドスプレーという手押し式のスプレーがありました。これもマメラッカーの会社(島田塗料)が作っていました。エスクマ印という商標です。

                    「百万人」では模型を塗るのには少しノズルが太すぎたので、改造して細いノズルをハンダ付けして使っていました。これはもう高校時代になってからなので、77年ごろと思います。



                    プラモデル界の塗料の革命になったのは1965年に登場したレベルカラーです。ラッカー系の塗料で非常に使いやすく、あっという間にプラモデル用塗料のデファクトスタンダードになってしまいました。

                    当初は全30色だったと思います。1番のホワイトに始まり、銀が8番、30番がフラットベースだったので、番号は今のMRカラーと同じでしょう。最初のレベルカラーは蓋が全部白で、見分けるために蓋に中の色を塗ったり、マジックで番号を書いていたりしました。当時、レベルカラーには12本入りのケースがあり、蓋つきの発泡スチロールでした。これが便利で、懇意にしている模型屋さんで箱だけ貰って、これに収納していました。



                    また、初心者向けにレベルカラーセットという商品があって、これは、今のタミヤカラーみたいな小瓶にフラットベースを含めた原色10色のセットとシンナー、調色用塗料皿、筆がセットになっていたものです。父は最初にこれを買って使っていました。

                    その後、タミヤのミリタリーミニチュアシリーズ、静岡四社によるウォーターラインシリーズが始まって、戦車色や軍艦色を加えて全60色となり、さらに全72色にまで拡大しました。



                    プラカラーが市場から消えてからしばらくして、モデルカラーという塗料が出てきました。これはプラカラーと同じメーカーの製品だったそうですが、色ナンバーがレベルカラーと一緒、容器がハンブロールと一緒という商品でした。量が少なかったのと、レベルカラーと違って、ほとんど模型雑誌への広告などを出していなかったのが敗因だったでしょうか?



                    ちなみに、この頃のレベルのプラモデルのパッケージには、こんな表示が付いていました。これを見て、必要なレベルカラーを買って作れば良いという事ですね。この番号でハンブロールを買ってしまうと、とんでもないことになります(笑)。



                    フジミは敢えて、モデルカラーで指定していたのが笑えます。色番号が同じなので、レベルでもモデルカラーでも使えるというのは便利でした。



                    同様に、すぐに消えていった塗料にバンダイから発売されていたモノグラムカラーというのがありました。バンダイがモノグラム社と提携してプラモデルを販売していた時期に売られていた塗料で、これもラッカー系だったので、レベルカラーと混ぜて使えたと思います。全60色で、レベルカラーには無い色などがあり、幾つか使っていたのですが、いつの間にか無くなってしまいました。



                    70年代中頃、レベルはレペという水性塗料全30色を発売します。泡立ちやすく、乾燥しにくくて、べとべとするので使いにくい塗料でした。レペはグンゼとレベルの提携解消後ホッペになり、そのうち無くなってしまいました。今のクレオス水性塗料とは明らかに違うものです。



                    それと前後して、タミヤがパクトラと提携し、パクトラタミヤというエナメル系塗料を発売します。パクトラは伸びも光沢もハンブロールには敵わず、カーモデルの筆塗りなどは相変わらずハンブロールのグロス一択という感じでした。今でもタミヤからはエナメル塗料が出ていますが、パクトラ提携時代のものとは違うものになっています。



                    レベルとグンゼの提携解消後、レベルのプラモデルがタカラから販売されることになりましたが、レベルカラーもタカラに移り、タカラレベルとタカラレペになります。当初パッケージはグンゼ時代と同じもので、その後、旧来の縦三色のレベル模様を斜めにデザインしたものに変更されました。瓶の蓋もレベル表記のままでしたが、あるロットからTAKARAの文字だけになり、その後消滅します。



                    1977年、Mr.カラーが登場し、レベルカラーと併売していたように思います。タカラがレベルとの提携を解消してレベルカラーが無くなり、ラッカー系はMr.カラー一択となり、ガイアカラーが登場するまで、ラッカー系はMr.カラーの独占状態にありました、その後、容器が変わり、容量が少なくなりました。瓶の蓋の恰好が独特で、蓋が開けやすくなっていましたが、重ねて置くのには不向きで、近年、普通の蓋に戻っています。

                    レベルカラーとMr.カラーは、同じスチロール系塗料だったので混色出来ましたが、溶剤が違っていたように記憶しています。何となく違う匂いがしました。もっとも、最初期のレベルカラーのレベルシンナーは、いわゆる「アンパン」用に重宝されたハードシンナーで、これはガチでヤバかった記憶があります(苦笑)。その後、「ウスメ液」という名前になったあたりから内容が変更され、匂いもだいぶ変わりました。

                    その後は皆さんご存知のとおりです。グンゼ産業は2001年にGSIクレオスに社名変更し、今年でMr.カラー誕生40周年を迎えるそうです。


                    猫屋線第3弾発表!!今度は内燃機関車&貨車

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                      今日から始まった静岡ホビーショーで、猫屋線の第3弾の発表がありました。



                      内燃機関車と貨車のセットです。

                      DB1は、駿遠線塗装ですが、実質は尾小屋のDC121タイプと言っていいでしょう。協三っぽいイメージのB型機関車です。
                      お供のホハフ10新塗装は第一弾のキハ3/5の車体を妻板3枚窓にした感じでしょうか?

                      DB2も協三風のL型。沼尻っぽいですね。
                      注目の貨車はボギー。井笠のホワフとかそのあたりをベースにしているでしょうか。

                      動力は「はこてつ」ではないかと思います。入らないのでは?という意見もあるようですが、1/80ですからね。ホハフの車体と比べた時、ボンネットの高さがあるのと、前から見た絵でも幅がありますので、おそらく「はこてつ」を使うのではないでしょうか。流石に新規動力とは思えません。

                      さて、いずれにしても改造ネタになりそうです。

                      1セットずつオリジナルで買って、もう1セットずつ改造かなあ?またお金を貯めなくてはいけませんねえ。

                      第2弾の改造も順調に進んでいます。もう少ししたらお披露目しますね。




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