レベルカラーの話

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    前回に引き続き、昔の塗料の話です。

    クレオスのホームページで、Mr.カラー40年のあゆみ という特集記事が連載されています。

    大変興味深く読ませて頂いているのですが、第4回の記事で衝撃的な事実が明らかになりました。
    レベルカラーは、1973年に初めて国産の模型用塗料を開発し、販売したというのです。

    これは少し誤解を生みそうな気がしました。何故なら、レベルカラーは、それ以前から売られているからです。従って、72年までのレベルカラーは輸入塗料で、73年に国産化され、市場に出回ったものと思われます。

    しかしながら、模型雑誌の記事等で、それに触れているものは記憶が無く、少なくとも私が調べた月刊モデルアート誌(以後MA誌と略す)で、それが取り上げられた事は無かったと思います。折角良いものを国産化出来たのですから、もう少し宣伝しても良かったような気がしますが。

    70年頃には、プラモデル雑誌と呼べるものはMA誌しかありませんでした。ほぼ同時期に創刊されたホビージャパン誌(以後HJ誌と略す)は、ミニカー雑誌で、プラモデル紹介を始めたのは73年から74年頃の事です。その後、HJ誌はミリタリー中心のプラモデル雑誌になりますが、80年代になって、いわゆるガンプラ系のSFものを取り扱い出し、現在はフィギュア系も絡めた雑誌に変貌しているのはご存じのとおりです。

    従って、プラモデルの情報は、70年代中頃までは、MA誌のみでしか拾えません。尤も、鉄道模型も1976年に「とれいん」が刊行されるまでは、ほぼTMSだけと言って良い状態でしたので、鉄模もプラモも似たような状況だったわけです。

    従って、この時代、プラモデルに関する情報を取得するのは、なかなか困難な事になっています。

    我が家では父がMA誌、HJ誌ともに愛読していて、創刊号から80年くらいまで、ほぼ揃っていたのですが、15年ほど前に引っ越ししたときにすべて処分してしまいました。その際、幾つか私がサルベージしておいた本が残っていますので、これを主体にして当時の記憶を掘り起こしてみたいと思います。

    さて、そんなわけで、ここからは推測の域を出ませんが、幾つか気が付いた事がありますので、それを書いて行こうと思います。

    【発売当初は30色】

    ネットを探しても、これに言及しているようなサイトは、ほとんど見かけませんので、少し詳しくまとめてみましょう。発売開始がいつだったのかは分かりませんが、手持ちのMA誌を読めば、少なくとも1968年にはレベルカラーが発売されていました。

    当時のMA誌のレベルの広告に、制作の手引きみたいな記事が出ているのですが、そこにレベルカラー番号の指定があります。



    <レベル広告裏面に記載された、カラー調合指定>

    また、前回も書きましたが、発売当初は1番ホワイトから30番フラットベースまでの30色でした。1969年の12月に、31番軍艦色1(アメリカ海軍)、32番軍艦色2(日本海軍)、33番艶消しブラックが追加になり、その後も徐々にカラーリングを増やし、71年には50色、1972年には60色、その後72色になります。



    <MA誌1969年12月号広告より引用>

    この時点で、すでに缶スプレーが登場していますね。さらに1971年には、プロスプレーが登場し、それに合わせてマスキングゾルやレベルカラー専用筆なども発売になっています。



    <MA誌1971年1月号広告より引用>


    【瓶のデザイン】

    では、輸入版レベルカラーとはどんなものだったのでしょう。個人的なイメージとしては、輸入版レベルカラーと国産レベルカラーで、瓶の見た目には殆ど違いがありませんでした。
    実物の手持ちがないので、ネットで画像を調べてみたところ、桜山軽便さんのページに辿り着きました。

    http://s.webry.info/sp/sakurayamalr.at.webry.info/201510/article_14.html

    ここに出ている、「郡是産業物資部」の瓶が、一番古いものになります。実は、さらに最初期の瓶は、塗料の中身の色に関係なく、蓋が全部白でした。

    ラベルのRevellロゴが古く、色名称の位置が右横なものが初期です。

    色名称が番号の下に書かれるようになり、注意書きが増えたものは、72年くらいに登場していますが、クレオスの説明によれば、この頃はまだ輸入塗料を使っていたという事になりますね。

    瓶の蓋の上面にはレベルのロゴが刻印されていました。これにも、Revell Color表記のものと、Revellのみのものがあります。

    一方、瓶の底にもRevellの文字が刻印されていますが、途中からグンサンに代わっています。おそらく、このグンサンになる少し前くらいが、国産化の始まりと思って良いでしょうか。

    最終的に、グンゼはレベルと提携が切れ、レベルカラーはタカラが販売することになりますが、この際に、瓶のデザインが一新されます。赤・黄・青の三原色が斜め線になり、TAKARAの文字が入ります。

    タカラ時代にも瓶の変遷があり、初期タカラは蓋が長くて、収納に困った記憶があります。すぐに旧グンゼレベルと同じ長さに戻りましたが、あれは何だったんでしょう。クレームが来たんですかね?

    瓶のサイズはグンゼ時代と同じですが、瓶の底にはTAKARAの文字が入っていました。

    この時代、グンゼはMr.カラーを発売し、出直しますが、TAKARAとの併売になります。中身は同じ藤倉化成製だったのでしょうか?それとも、東邦化研などの他のメーカーに変わっていたのでしょうか?

    古い瓶は、15年前に実家が引っ越ししたときに全部処分してしまったので、実物写真を掲示出来ないのが残念ですが、分かる範囲で表にしてみました。
     

    時期 ラベル ロゴ 販売元 製造
    発売当初 縦3色 旧レベルロゴ
    色名称横
    Revell Color
    最初期の蓋は白
    Revell 郡是産業物資部 輸入
    1972年頃 レベルロゴ
    色名称下
    Revell Color グンゼ産業物資部
    1973年頃 グンゼ産業レベル部 国産
    1975年頃 Revell グンサン グンゼ産業
    1977年頃 斜3色 Revellタカラ併記 Revell
    蓋の高さが高い
    Revell タカラ 不明
    1978年頃 TAKARA TAKARA

     


    【シンナー問題】

    1972年、いわゆる「シンナー遊び」が問題になり、トルエンやキシレンが含有されているシンナーの販売が規制されるようになりました。子供が購入できるプラモデル用シンナーは、シンナー遊びには最適なアイテムとされていましたので、これに対する対策が講じられました。

    それまでのレベルシンナーから、レベルうすめ液に名称変更されると同時に、成分も変わったものと思われます。



    <MA誌掲載記事に載っていた各社のシンナー瓶。レベルの瓶にシンナーの文字が読み取れます>

    私はこの時点で、まずシンナーが輸入塗料から国産になったのではないかと推測します。

    クレオスの記事によれば、国産化を行ったのは藤倉化成。その沿革を見ると、1972年の2月に、米国レッドスポット社とプラスチック用塗料の技術提携を行っていますが、おそらくこれが国産レベルカラー誕生の基点になるのでしょう。

    ***

    ここまでレベルカラーについて語ってしまうのは、やはり私が最初に使って、Mr.カラーになって以降も一番長く使い続けてきた塗料だからに他なりません。

    さて、今回、この記事を書くにあたり、家の古いMA誌を読んでいたら、こんな広告を見つけました。



    1969年12月号掲載の広告です。

    トミーナインゲージ。ナインスケールになる前、バックマンかアトラスあたりを輸入販売していたものと思われます。GP40とF9ですから、アメリカ型ですね。給炭塔や駅舎などのアクセサリー類が充実していたのも、Nゲージがレイアウト指向の模型として始まっていたことを裏付けしていますね。



    もうひとつ、これも同誌からの広告ですが、マルサンプラカラーの広告になります。
    東邦化研が直接広告を出していたのは気づきませんでした。前回、東邦化研は広告を出していなかったなどと書きましたが、訂正します。その後モデルカラー時代にも小さな広告をMA誌に出していました。私は全く気付かなかったのと、懇意にしていた模型店がレベルカラー派だったので、モデルカラーとは縁が無かったという事でしょう。

    古いMA誌を読んでいると、小中学生時代に戻ったような不思議な感覚になります。鉄道模型ファンにも楽しんで貰える記事などもあり、また機会があったら紹介したいと思います。




     

     


    コメント
    貴重なお話をありがとうございました。
    レベルカラー懐かしいです。薄めることもよく知らずベタベタになったとか、そもそも薄め液を知らないので筆が洗えなかったとか(笑)、恥ずかしい思い出がたくさんあります。タミヤからパクトラが出たときに、この塗りやすさは何だろうと思ったのも印象深いです。
    • 栂森
    • 2017/06/17 10:16 AM
    #栂森さん、

    私の場合、父がプラモデル好きだったので、そういう面では随分得をしていたと思います。

    うすめ液で筆を洗うって、知らないとハードル高いですよねえ。

    • 雀坊。
    • 2017/06/17 10:36 AM
    こんにちは。
    私のブログがお役に立ったようで、嬉しく思います。
    私も父親がプラモ好きだったので、幼いころから見よう見まねで、塗装の手法なども覚えたものです。
    何事も新鮮で毎日ワクワクしていた当時を、懐かしく思い出しました。
    #桜山軽便さん、

    こちらこそ、良いものを見せて頂きありがとうございます。一番古い瓶をお持ちなのでビックリしました。

    写真を見て、色々思い出すことがあり、とても助かりました。

    やはりお父様がプラモデル作られてましたか。蛙の子は蛙と言いますが、趣味は影響受けますよね。

    • 雀坊。
    • 2017/06/17 3:43 PM
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